あの頃の北陸線2011年09月09日

今朝は昨日とは打って変ってどんよりした曇り空でした。このまま無事に夜勤を終えたいのに…なんて思いが届いたか、ほんのお湿り程度でオシマイ。

帰宅してゴハン食べたらスカイシップへ急ぎ、Nnイントラの初中級クラスを受けてきました。前半のアームスはもとより、後半の構成が少し変わって中級並みのスキルも要求されるトコも。
今日のレッスンはこれでおしまい。外はすっかり青空が戻ってました。後は部屋でのんびり過ごし…いえ、ウトウト(笑)。

さて懐かしい写真はひとまず今日まで。子供の頃から足繁く通っている地元北陸線から、金沢駅を発車したキハ82系時代の特急『白鳥』です。流し撮りの後追いで特徴ある顔を狙ったショット。奥には七尾線のキハ26が停まってます。

ディーゼル時代の『白鳥』

金沢駅にてキハ82『白鳥』

大阪-青森をロングランする『白鳥』。キハ82系時代は特にクイーン的存在と感じてました。こちらは先日の485系1500番台の時と全く同じ場所です。ヘッドマークの文字(フォント)が明朝体なのも独特の雰囲気出してましたネ。

のち電車化された『白鳥』は基本的に先頭車は貫通型の200番台でしたが、これは非貫通型の300番台が使われた珍しいショット。倶利伽羅-石動間なんですが、今この場所は北陸新幹線が姿を現し、大きく様相が変わりました。

485系になった『白鳥』

北陸線と言えば交流電化。当時のヌシは電気機関車のEF70で、トップナンバーの1号機が牽く貨物列車に出会いました。ヘッドライトが一つの1次型は直流機のEF61と相通ずるデザイン。

EF70の牽く貨物列車

北陸路での583系はまず『しらさぎ』でした。名古屋-博多間『金星』の間合いを利用したもので、昼夜を問わず大車輪の活躍。のち『雷鳥』にも使われましたが、向かい合わせシートは今一つ人気がなかったみたいです。
この春に引退した419系に改造されて、長く北陸に留まるとはこの時全く想像出来ませんでした。

583系『しらさぎ』

当時撮影のアシは普通列車。それも荷物車や郵便車も連結した長い編成は、雑多な旧型客車で組成されてました。油のしみ込んだ木の床、ニス塗りの壁面…これが当たり前のスタイル。駅を発車する時はエアーの抜ける音からややおいて連結器の遊間がドン!ともガシャン!ともつかない衝動。「鈍行列車」懐かしいシーン。

窓からカメラを出し、暮れゆく夕陽に車体とレールを光らせたこのショット、今もお気に入りなんです。

鈍行列車の窓から

電車ではなく汽車の旅。のんびりした時代だったかもしれません。

今週は懐かしい写真をピックアップしてみました。また折をみてアップしていこうと思っています。

すっかり夏が戻ってしまって今日の金沢は32℃の暑さ。高校野球は明日から来春のセンバツに向け北信越大会の県予選が行われますが、これじゃ夏の県大会と殆ど変わりません。選手たちだけでなくても暑さ対策がしばらく必要みたいです。