京津線 ― 2013年08月18日
朝目覚めた時に「あまちゃん観て、あとは何して過ごそうかな…」なんて思った途端、我に帰りました。今日は日勤だったのです(笑)。
金沢は今日も暑く、34.8℃と猛暑日一歩手前でした。現場はエアコンとは殆ど無縁の屋内や地下ばかり、ジワジワと汗が噴き出してきます。帰宅してからのシャワーがひときわ気持ちよく感じました。
最近やけに思い出すのが京阪電車の京津線。まだ北陸自動車道が名神高速と繋がってなかった頃、父の運転するクルマで関西へ行くには敦賀から国道161号線を使ったものです。湖西路を走り続け関西の匂いが徐々に強くなってくると、京津線の電車が見え隠れし始めます。この光景がたまらない瞬間でした。
浜大津駅は今と違う場所にありました。駅を出入りする京阪特急色の準急が出迎えてくれたものです。四宮から先は個性的なデザインの80型と一緒に三条通りへ。懐かしい思い出です。でもこれが当たり前の光景だと思い込んでいたのてす。
最後に乗ったのは蹴上から三条乗り換えで淀屋橋へ行った時。山から下りてきた80型に乗ると、車掌さんが車内補充券を発行してくれました。この時すでに京阪線は出町柳まで延びてて三条駅は京津線だけが地上に残り、一旦改札を出て地下の京阪線の駅で8000系特急に乗り換えました。蹴上から三条なんて散歩でもいい位の距離ですが、ふと京津線に乗りたくなった…そんな衝動だったかもしれません。
やがて小さな電車たちの活躍もあと僅か、という時に両親を連れ蹴上の都ホテルに泊まったことがありました。この時、何度も電車の走る音を聞いたのに、もう逢えなくなると判っていたのに、カメラから遠ざかっていたこの頃、写真の1枚も撮らなかったコトを今でも悔やんでいます。
金沢は今日も暑く、34.8℃と猛暑日一歩手前でした。現場はエアコンとは殆ど無縁の屋内や地下ばかり、ジワジワと汗が噴き出してきます。帰宅してからのシャワーがひときわ気持ちよく感じました。
最近やけに思い出すのが京阪電車の京津線。まだ北陸自動車道が名神高速と繋がってなかった頃、父の運転するクルマで関西へ行くには敦賀から国道161号線を使ったものです。湖西路を走り続け関西の匂いが徐々に強くなってくると、京津線の電車が見え隠れし始めます。この光景がたまらない瞬間でした。
浜大津駅は今と違う場所にありました。駅を出入りする京阪特急色の準急が出迎えてくれたものです。四宮から先は個性的なデザインの80型と一緒に三条通りへ。懐かしい思い出です。でもこれが当たり前の光景だと思い込んでいたのてす。
最後に乗ったのは蹴上から三条乗り換えで淀屋橋へ行った時。山から下りてきた80型に乗ると、車掌さんが車内補充券を発行してくれました。この時すでに京阪線は出町柳まで延びてて三条駅は京津線だけが地上に残り、一旦改札を出て地下の京阪線の駅で8000系特急に乗り換えました。蹴上から三条なんて散歩でもいい位の距離ですが、ふと京津線に乗りたくなった…そんな衝動だったかもしれません。
やがて小さな電車たちの活躍もあと僅か、という時に両親を連れ蹴上の都ホテルに泊まったことがありました。この時、何度も電車の走る音を聞いたのに、もう逢えなくなると判っていたのに、カメラから遠ざかっていたこの頃、写真の1枚も撮らなかったコトを今でも悔やんでいます。
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